読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

園藝地獄

終わりの見えない植物栽培記

観葉だったり観葉じゃなかったりする植物の栽培記録ブログを始めるにあたり

雑記


f:id:suzu_take:20160819182904j:image

ツイッターにある程度区切りをつけ、改めてブログという形で画像なり文章なりをアップするとなると、やはりある程度内容に気を付けた方がいいのかなとも思うので、やり始めの今のうちに方向付けだけでもハッキリさせておこうかと思う。

 

このブログは基本的に自分で育てている植物の成長記録としたい。煩雑になりがちな品種管理と、時系列に沿って俯瞰できることは栽培データを蓄積する上で必須条件と言える。

ツイッターでは過去のツイートを遡るのにも制限があるし、一手間も二手間もかけて140文字程度の情報量しか得られないのであればそこにこだわる理由も少ないというわけだ。


季節ごとの変化くらいサクッと確認できる環境を整えられれば、積み重ねの情報そのものが有用になることも十分ありうる。

学生の頃に持て余す時間を駆使して作ったブログも実はまだアカウントを保持しているのだが、ざっくばらんな内容で気になった事はジャンルもバラバラにひたすら書き連ねた酷いもので、赤の他人が見たら鼻で笑ってしまうような超絶モラトリアム賛歌状態となり果ててしまい、それはそれで悪いものではないとは言え、三十路に片足を突っ込んだ身で今更そこに戻るのも辛いものがあり、改めてブログをやるなら新しく作り直そうとは思っていた。
前のブログは引き続き塩漬けコースになる前提だが。

 

現在主に使っているツイッターも前後の文脈を気にせず放り投げるように投稿できる快適さからズブズブと続けており、数年前から観葉植物を育て始めるようになって画像のアップ頻度が徐々に高まるにつれ、タイムラインを埋めることに対する罪悪感にも似た感情が生まれ始めてしまった。

 

この状況を打破する意味でもブログへの回帰は有効に思えた。TL汚しなんぞ誰も気にしちゃいないと分かってはいるが、結局は自分の納得と精神衛生の管理問題にすぎないので、ここは利己的な判断をしたい。

あとはツイッターではどうでもいいことをつぶやく、ブログではまとまった画像と文章を書く、といった住み分けができればきっとハッピーになれる。主に自分が。(この方法論自体は前のブログでも掲げてはいたが上手くいかなかった)(今度こそ上手くやる)

 

ただ園芸界隈の人達はどうやらInstagramを使う事が多いようだ。それでもインスタはチャラい割には有用な情報が少なくて嫌い(断言)だから僕は手を出さない。

 

ともあれ僕は頭が悪いので比較実験なんて手間のかかることはするつもりないし、せいぜい実生床の試行錯誤くらいしかはっきりと意味のある記事は書けないだろう。

 

あくまで自分のためという基本からは外れずに楽しめたらそれに越したことはないかなあ。